精霊の涙 〜機械の精霊〜
「リチル・・・まってろよ。」 約束を忘れないうちに雑貨屋へと向かう事にした。 あそこは日用雑貨だけでなく、子供用のおもちゃも少しばかりだが置いてある。 私は通りにある雑貨屋”夕焼け”に入った。 いつも行っている雑貨屋なので何処にどの物が置いてあるかよくわかる。 もちろん、何回も通っているためにここの主人とも仲がいい。 給料貰いたてでも、まけてはくれるだろう。 「いらっしゃい。あ、ラルドか。」 入っていきなり声をかけたのは、主人のボールソーさん。 「ちょうどいいところに来た。いい酒が手に入ったんだ。一緒に呑むかい?」 「勤務中でしょう?ボールソーさん。」 「かまうもんか。上がっていきなよ。」 仲のいいのはいいが、私がお酒に弱いのを知ってか知らずかよく酒に誘う。 おそらく、からかっているのだろうと思うのだが。 「また今度にするよ。で、今日の用事だけど・・・」 子供用のおもちゃが欲しい。と言いかけてやめた。 おそらく”あんたに子供はいないだろう?どうしたんだい?”と聞かれるだろうし。 「あ、なんでもない。買い置きが切れたので買いに来たんですよ。」 やっぱり、この店でおもちゃを買うのは無理だ・・・。 しかし、このまま手ぶらで帰るわけにもいかないだろう・・・。 仕方ない、リチルの為だ。 嘘をついて何とかごまかそう。 私は雑貨が入っている籠を持ち、そのままおもちゃ売り場にいった。 そこで”小さな妖精たち”といわれる人形(5人分1セット)を籠にいれ、 そのまま会計を済ませようとした。 だが、やはり店主の目は節穴ではなかった。 「あんたに子供はいないだろう?」と聞かれてしまった。 「いや、リンさんが近所の子供にあげたいんだそうな。で頼まれたんだ。」 ごめんなさい、リンさん。 私は嘘をつきました。しかもリンさん名指しで。 いや、あながち嘘ではないな。 「そうだったのかい。じゃ、えっと、砂糖に塩、干し肉に人参、玉葱に人形で、銀5だな。」 「え〜。3になんとかなりませんか?相変わらず苦しいんですよ。」 いつものように私は値切る。 自慢じゃないが、ここ3ヶ月言われた金額で物を買ったためしがない。 店主がなんとか少しでもまけてくれるからだ。 しかし、今回はさすがに引き下がらなかった。 「ダメだ。今回はまけられねぇ。」 「酒なら今晩付き合いますから。」 酒という言葉がでたとたん、店主の態度がコロっと変わった。 「しかたないな・・・。まけてやるから、閉店後、家にこいよ。」 「わかってますって。」 交渉成立。 と言うわけで、鞄の中から銀貨3枚を取り出してカウンターへと置いた。 「まいどあり。」 なんとか深く詮索されずおもちゃを買うことができた。 まあ、それによる問題も出てきたが・・・。 そんな事はどうでもいい。 急いでリチルを迎えに行こう。 だが、その前に、おもちゃ以外が邪魔なので家に置いていく事にした。
コンコン・・・。 「リンさん、リチルを迎えに来ました。」 返事がない。 家を出るとき見た時間が午後2時。 確かに遅すぎる時間。 どこかに出かけてしまったのかな? 「ラルド?」 そっとドアを開けてリンさんが出てくれた。 「静かにしてよ。リチルちゃん起きちゃうでしょ。」 口に人差し指を当てて静かにというポーズをとった。 「寝ているのか?」 私も声の音量を落として聞いてみた。 「ええ、ぐっすりと。寝かせるまでに苦労はしたけどね。」 そういって、私をリチルの眠っている寝室へと案内してくれた。 そこでリチルは、ふわふわのベッドの上ですやすやと気持ちよく眠っていた。 「かわいいわねぇ・・・。」 「そうだなぁ・・・。」 ああ、二人とも親バカだ・・・。 いや、親は私だけか。 「なあ、このまましばらく寝かせてあげてくれないか?いや、今度は私も一緒にいるから。」 「連れて帰らないの?」 「起こすわけにはいかないだろうし、ウチの固いベッドでは、寝心地が悪いだろう。」 「いいわ。じゃあ、私たちはティータイムといきましょうか。 さっき焼いたケーキがまだあったはずだから、それをいただきましょう。」 リンさんはリチルに背を向けてキッチンへと向かっていった。 私もその後に続き、リンさんと一緒にティーカップ等の準備を始めた。 まもなくティータイムの準備ができ、カップには煎れたての紅茶が注がれる。 「では、いただきましょうか。」 私はまず、リンゴのケーキをいただき、2切れほど食べた後、紅茶を飲んだ。 紅茶には溶けかけた氷が少し浮いていた。 「ふぅ・・・。いつもおいしいね。リンさんのケーキは。」 「ふふ・・ありがと。でも、マリー姉さまにはかなわないわよ。」 「そうでもないさ。腕を上げたね。リンさん。」 リンさんはそのままうつむいて、何も言わなかった。 実は、このリンゴのケーキはマリーの十八番なのだ。 リンさんもちょくちょくマリーの所(つまり私の家)に学びに来ていたので、 このケーキを作ることができる。 さすがに味は本家にはかなわないが、それでもここまで味を近づけたことには驚いた。 「昔を思い出すわね・・・。」 ポツリとつぶやいた。 「リチルちゃんとあなた達夫婦が、私のアップルケーキを食べに来た時の事よ。」 「ああ、あの時か。早いものだな・・・。」 「ええ、あれから5年経つのよね・・・。」 私もカップを置き、両手を組んでテーブルに置いた。 懐かしい情景、懐かしい思い出が心を過(よ)ぎる。 リチルと私達夫婦がここを訪れ、今と同じようにアップルケーキを食べた。 紅茶も今と同じ葉を使っている。 まさに5年前と同じ情景だった。 違うといえば、もう私には妻も子供もいない。 リンさんと二人だという事だ。 ボーンボーン・・・。 不意に、壁にかけてある時計が5時を告げた。 「あ、リンさん。私はもう帰らなければ・・・。それで、またお願いがあるのですが・・・。」 「何?」 「実は・・・。」 私は昼間にあった出来事(つまり雑貨屋であった事だ)を話した。 その事があって、帰ってくるまでリチルを預かって欲しいと言った。 さすがに怒られてしまった。「何を考えてるの!?」と。 「しかし、リンさんもわかるだろう? ボールソーさんが私の家庭の事情を知ってるって。 なのに、いきなりリチルを連れて行ったらどうなると思う?」 「・・・。」 ふぅ、とため息を一つついてリンさんは了承してくれた。 しかし、雑貨屋に行くまでリチルの傍にいることが絶対条件だった。 手元にはおもちゃ。 父親として、きちんと自分の手で渡してやろう。 「リンさん、リチルを起こしてくる。」 私は食べ終わった食器類をそのままにして寝室へといった。 だが、そこで私が見たもの。 それは・・・。 シーツのはがされたベッドがある、誰もいない部屋だった。 「リチル・・・?」 返事はない。 「リチル、リチルッ!!」 呼べども呼べどもやはり返事はない。 しかし、ふと見てみると、鏡台の下の小さな隙間に何か白いものがある。 それを引っ張り出す。 それはまさにはがされた冷たいシーツだった。 冷たい? 疑問に思いシーツをもう一度触ってみた。 冷たい・・・。 まさかとは思うが・・・。 「リチル、出てきなさい!リチルッ!!」 もう一度、リチルの名前を呼んだ。 いままでよりもきつく、そして大きく。 こんどはすぐに、もう一つのシーツのあるベッドの下からリチルが出てきた。 「・・・・・・。」 「リチル、これはなんだい?」 と、リチルにシーツを見せた。 「うぅ・・・。」 これは紛れもなくおねしょ。だが、たぶん言えないのだろう・・・。 この事(主に生理現象関係)は私も教えなかったし、わかっているだろうと思っていたからだ。 「リチル、今回はこの事に関してはリチルを責めない。 だけど、次このようになりそうなら、リンさんに言うなり、私に言うなりしなさい。」 「はぁい・・・。」 この事に関しても、私からリンさんに謝らなければならないだろう・・・。 しかし、もう夕方だ。洗濯して干す事はできない。 まあ、仕方ないか・・・。 私は、リンさんのいる居間まで、リチルと一緒に行く事にした。 もちろん、濡れている服を全て脱がせて家から持ってきた服を着せてあげた。 着替え用にと持ってきた服が、ここで役に立つとは思わなかった。 ただ、着替えたのは服だけであり、下着はつけていない。 もちろん、服はリチルのお古だ。 まあ、罪はあまりないにしても、この辺は一緒に謝った方がいいだろう。 「あの・・・リンさん。怒らないで聞いてください・・・。」 しつけうんぬんになると、性格がきつくなるリンさんだ。 リチルがおねしょしたなどといった場合、またものすごく怒るだろう。 謝りはするが、なるべく刺激をしないように切り出してみた。 「あのですね・・・。これなんですが・・・。」 恐る恐るシーツを差し出す。 何事かと思い、シーツを見ていると、顔色が変わった。 そして、静かに「どういうこと?」と聞いてきた。 私は事の状況をわかりやすく説明し、そしてリチルを責めないように言った。 ただ、あとできちんとしつけをするという事を強調して言ったけど。 「わかったわ。じゃあ、それ洗濯桶の中に入れておいて。」 そういわれて、私はまだいくつか洗濯物が残っている洗濯桶の中にそのままほおりこんだ。 居間に戻ると、リチルはリンさんと何か喋っている。 リチルは泣いてはいなかったが、元気がなかった。 「リチルちゃん、これがどういうことか理解してくれたし、その事にきちんと反省してるみたい。」 帰ってきた私に対してゆっくりとリンさんが言ってくれた。 別に叱ったわけではなかったみたいだ。 その後、3人と食事をし(さすがにこのときは礼儀正しくできた)、 渡せなかったおもちゃを手渡した。 そのおもちゃでしばらく遊んであげた後、リチルはそのまま眠ってしまった。 時間を見る。 8時半。 遅刻だ。 「リンさん、あとの事は頼みます。すぐに戻ってきますから。」 「鍵、かけておくから、これを持っていきなさい。」 私はリンさんから鍵を受け取り、雑貨屋に向けて暗い道を歩いた。
王宮の舗装された道路には、 街灯(炎の精霊の加護を得た石を硝子瓶の中に入れて周りを照らす仕掛け)があるのだが、 町の道路にそれがない。 何故?と疑問に思ったとき、私は道路の石と口付けをしていた。 そうではなく、転んだ。 擦り傷を負った左足を庇うことなく起き上がり、また歩き始めた。 左足3回、右足4回つまづき、やっとの事で”夕焼け”についた。 裏口にまわり、ドアを2、3度ノックした。 ここで出なければそのまま帰るつもりだったのだが、残念ながら、ボールソーさんが出てきた。 そのまま言われるがままに家に上がり、酒を振舞われた。 奥さんがつまみを出すために、せわしなく動いている。 テーブルにある飲め食えのオンパレードに、私は誘惑された。 1杯2杯と手がでていくうちに、酔いがまわり、身体が熱くなるのを自分でも感じていた。 そろそろ引き際だろう。 そう感じた時、私の意識は遠のいていった・・・。
「ママー」 声が聞こえた。 私には、その声の主をよく知っている。 「ママー」 そういって私のほうへと走ってくる。 その子がだんだんと近づいてきて、姿が確認できるようになった。 私はやっと声の主と姿が一致した。 「リチルッ!」 私は自分の娘の名前を呼んだ。 しかし、声に反応する事もなく、そのまま私を通り過ぎていった。 「え・・・?」 通り抜けた・・・? だが、私はその事を気にすることなく、リチルの通り過ぎたほうを向いた。 暗闇の中で、ブロンドの長い髪を持つ女性がリチルを抱いていた。 顔立ちはどこか、リンさんに似ているところがあった。 その女性も私は見覚えがあった。 忘れる事はない。 あれはマリーだ。 私はマリーの傍まで走った。 全速力で。 だが、一向に追いつこうとしない。 追いつけないのだ。 「マリーッ!!リチルーッ!!!」 リチルは反応しなかったが、マリーはその声に少しだけ反応してくれた。 マリーはにこりと微笑み、そのままリチルを抱えて振り返り、歩いていった。 「マリーッ!何処へ行くんだっ!?」 しかし、私の呼びかけに、それ以上の反応を見せてくれることはなかった。 「待ってくれ、待ってくれっ!」 マリーとリチルの姿が目の前から消えた時、私の目の前もフェードアウトしていった。
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