病院へ行こう!!<1>
 天気の良いうららかな昼休み。
 長い歴史を誇る、私立龍牙学園。
 その学生生活を謳歌する、あかねと蘭は中庭の噴水に腰掛けおしゃべりに興じ
ていた。

「なかなか治らないね、それ」
 蘭が心配そうに指差したそこにはポツリと赤いにきびのようなものが出来ていた。
 肌理の細かいあかねの右頬にあるそれは殊更に目立つ。
 あかねは眉を寄せ、軽く頬を押さえた。
「う〜ん、皮膚科のお薬を飲んでるんだけどね・・・。今度大きな病院に行きなさ
いって、昨日紹介状書いてもらったよ」
「紹介状ー!?何?そんなに悪いの!」
 大きな瞳を驚きにますます見開き、蘭は声を上げた。
 予想以上の蘭のリアクションを笑って、あかねが慌てて手を振った。
「違う違う、顔だから形成外科で一度見てもらった方がいいって言われたの。と
てもいい先生がいるんだって」
「ふ〜ん・・・、で、いつ行くの?」
「明日。その先生金曜だけしか診察してないそうなの。だからお休み貰って行っ
てくるよ.。寮の方にはもう外出届出したから」
「そうだね、早い方がいいし・・・。あ、予鈴だ」
 鳴り響く鐘の音に二人は立ち上がった。
「急がなきゃ!」
 スカートの裾をひるがえし、二人は軽やかに駆け戻って行った。


「もう、何時間待たせるのよ!」
 待合室の椅子に座って拗ねたように足をブラブラさせながら、あかねは小さく文
句を言った。
 バスの時間等で遅くなり、受付を済ませたのが締め切りの午前10時。
 現在すでに時計は午前11時半を指していた。

 あかねの来た病院は紹介患者がほとんどの総合病院。
 とにかく待ち時間が長い。
 入院患者も診察しているので、仕方が無いといえばそれまでなのだが・・・
 診察にしても薬を貰うにしても、皆我慢して待っている。
 分かっているのだが、ただじっと待っているのは苦痛で仕方なかった。

「元宮さん、どうぞ」
「はい」
 待合室に顔を出した若い看護婦に呼ばれ、あかねが慌てて立ち上がる。
 あかねが連れて行かれたのは診察室の並ぶ長い廊下の一番端にある診察室
だった。
 看護婦が開けてくれたドアを恐る恐るくぐる。
「失礼しま〜す」
「荷物はこのカゴに入れてください。あちらで診察です」
 そう言って看護婦はあかねに指示したカーテンの向こうに消えてしまった。
 別に大した病気ではないのに変にドキドキしてしまう。
 気持ちを落ちつける為、胸に手を当ててひとつ深呼吸してからあかねはカーテ
ンに手をかけた。
 「お願いしま・・・えっ!?」
 椅子に座ったDrがふわりと顔を上げ、驚きに瞠目する。
 あかねも一歩診察室に踏み込んだ状態でピタリと固まってしまっていた。
「元宮さん?」
 動かなくなったあかねへ不審げに看護婦が声を掛けた。
 その声に我に返ったあかねは、キッと目の前のDrを睨みつけてくるりと踵を返し
た。
「失礼しました!」
「あかね!」
 叩きつけるように閉めたカーテンの向こうでガタンと椅子を蹴る音がする。
「橘先生!?」
 看護婦の声が驚きのあまり裏返っている。
 あかねはかまわず荷物を掴み、ドアへと手を伸ばした。
「待ちなさい!あかね!!」
「きゃあっ!」
 声と同時に勢いよくカーテンが開けられ、背後から回った手があかねの腰をグ
イッと抱え上げたのだ。
「ちょっと!放してよ!バカー!!」
「おとなしくしなさい、あかね!」
 腕の中で子猫のようにバタバタと暴れるあかねを難なく抱き押さえ、彼はさっさ
と荷物を奪い去った。
「何するのよ!」
 あかねのきつい口調にも怯まない彼は、喉の奥で笑いながらからかうように言
った。
「診察には邪魔だろう?いいのかい?ナース達が見ているよ?」
 その言葉にハッとして周りを見れば、騒ぎを聞きつけた看護婦が数人あかね達
を唖然と見ていた。
 看護婦達の目には、少しの羨望と強い嫉妬の光が込められている。
 自分に向けられる負の感情にブルリと体を震わし、あかねは大人しくなった。

「・・・放して、お兄ちゃん……」
 看護婦に聞こえるよう、友雅との関係を誤解されないよう、あかねは数年ぶりに
友雅の事を兄と呼んだ。




                                        <続>





                    back | next