「あかねが今欲しい物は何だい?」
「えっ?」
友雅の部屋から帰ろうとしていたところで何の脈絡もなくされた質問に、あかねは爪先をミュールに差し込む寸前で動きを止めた。
振り返れば、友雅が腕を組んで笑っている。
「えっ・・・・と・・・」
「何でもいいから言ってごらん?服やバックかな?」
矢継ぎ早な友雅の言葉に戸惑いつつ、あかねが首を傾げて友雅を見上げた。
「どうしたんですか?いきなり・・・・」
「うん?そろそろあかねの誕生日だろう?気の利いた贈り物をと思ったけれど、まだまだこちらの事は分からないのでね・・・」
友雅があかねと共に【京】と呼ばれる世界からこちらへ来て、すでに1年以上経過していたが、日々変わる情報にだけはなかなか慣れないでいた。
特にあかねの年代の少女の流行など、あっという間に変化するのでお手上げなのだ。
「・・・誕生日だから私の『欲しい物』なんですね?」
「そう。何かないかな?」
「う〜ん、そう・・・ですね・・・」
上を見上げてほんの少し思案していたあかねは、何か思いついたのか、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべ友雅に視線を合わせた。
「ひとつだけありました、『欲しい物』!」
「ではそれを贈り物としていいのかな?」
「はいっ!!!」
喜びも顕わにあかねが思いっきり頷く。
まだまだ、無邪気な仕草に友雅の口元に我知らず笑みが浮かんだ。
あかねは友雅の腕を掴んで強調して言う。
「絶対、絶対、欲しい物なんですよ」
日頃、我儘を言わない少女のおねだりを受け友雅が蕩けるように微笑む。
「そこまで言われたら叶えない訳にはいかないねぇ・・・・。で、それは何なのかな?」
あかねは、ほんのりと頬を染め『欲しい物』を口にしたのだった。
【京】で鬼を相手に共に戦った、龍神の神子と八葉。
短くはないその間に、あかねと友雅は特別な想いを抱くようになった。
戦いが終わり、2つの世界どちらかの選択を迫られた時、友雅は迷わず自分の世界を捨てることを選んだ。
何の覚悟もなく【京】へ召喚されたあかねには、元の世界を捨てるには未練がありすぎると考えたからだった。
反対に何事にも冷めた友雅には自分の世界に執着がなかった。
欲しいのは、ただ一人の少女。
あかねのいる世界が自分の世界。
そうして友雅は、あかね達と現代へ来たのだった。
あかね達が心配した、こちらでの生活は何の問題もなかった。
龍神の計らいで、この世界に降り立った瞬間から新しい記憶があったのだ。
友雅の住む所、仕事、基本的な生活習慣。
いっそ見事なほど友雅の脳裏に馴染んでいた記憶。
だが用意された仕事と地位があまりにも忙し過ぎて、あかねとの逢瀬が儘ならないのは龍神の意地悪だったのだろうか?
「さて・・・・。困ったな・・・」
「社長?スケジュールに何か問題でもありますか?」
本日のスケジュールを滔滔と読み上げていた第二秘書が手帳から顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
すっかり秘書の事など忘れて自分の考えに没頭していた友雅は、革張りの椅子に凭れたままヒラヒラと手を振って関係ないとアピールする。
友雅のその仕草に、長い髪をスッキリ纏め上げた隙の無い出で立ちの女性秘書が呆れて息をついた。
「社長。第一秘書の榊がいないからといってさぼれるわけではないのですが?」
「サボるつもりなどないよ。ただちょっと考え事をしていただけだ」
「考えるなら仕事の事を考えてください。今日の会議は新しいプロジェクトの事で紛糾するのは目に見えています。きちんと資料を読み込んでおいて下さい」
「・・・・・やれやれ、如月くんも榊に似てきたね。口うるさい」
「!! うるさくさせているのはどなたですか!?仕事に支障をきたすほど恋人の事を考えるのはやめて下さい」
秘書の剣幕と言葉に驚き、友雅がほんの少し眼を見開いた。
「よくわかったね?」
悪びれない上司に、如月はがっくりと肩を落とす。
「社長が真剣に考え事をするのは恋人についてだけなんですか?・・・冗談だったのに・・・」
「あかね以上に大事なものはないよ?」
友雅の堂々とした惚気に、さすがの如月も毒気を抜かれてしまった。
榊がいれば、真面目な男のことだから特大の雷がおちるのだろうけれど・・・
しかし如月は恋人を大事にする友雅が嫌いではなかった。
如月はしかたないと肩をすくめ、パタンと手帳を閉じた。
「仕事に支障をきたすようでは困ります。もしよろしければご相談にのりますが?」
「・・・・・そうだね、女性のことは同じ女性に聞いたほうがいいかもしれないな」
「ええ、さっさと問題を解決して本日の予定をスムーズにこなして欲しいですわ」
チクリと嫌味を忘れない秘書に友雅が微苦笑を浮かべながら、あかねの『欲しい物』について話し始めたのだった。
「彼女の『欲しい物』がよく分からないのだよ」
「欲しい物ですか?何か特殊なものなのでしょうか?」
「いや・・・。ただ曖昧でね・・・・」
「その方はなんとおっしゃられたのですか?」
如月の質問に、友雅がふわりと微笑む。
艶めいたのもでも何でもない笑みなのに、とても綺麗で幸せに満ちていて、如月の鼓動がトクリと跳ねる。
(無意識にフェロモン垂れ流し・・・・。やっぱり女の敵だわ)
などと冷静な表情の秘書が考えているなど、あかねの欲しいもので頭がいっぱいの友雅が知る由も無かった。
「いつも忙しい私とゆっくりのんびり二人の時間が欲しいのだそうだよ」
「・・・・・・・・・・・社長・・・・・」
いつもしっかりとした如月らしくなく、友雅のデスクに脱力して手を付いた。
何が哀しくてこんなに朝早くから上司のノロケを聞かなくてはいけないのか・・・。
それでなくても自分は最近恋人とすれ違ってばかりなのに。
だが問題を解決しなければ、この男は絶対に仕事をまともにしないだろう。
いや、いつも真面目とはいい難いのだが・・・・。
「ん?何かおかしな事を言ったかい?」
「・・・いえ、失礼しました。」
どうにか体勢を立て直して、如月はある意味暢気な上司にまず事実を告げた。
「ゆっくりと休暇を取る暇がないのはご存知でしょうか?」
「・・・さすがにそれは分かっているよ。だから悩んでいるんだ。会社から離れるわけにはいかない、かといってマンションではあかねが家事に追われてしまう」
「そうですね・・・。きちんと連絡が取れるところでしたら一日くらい、何とかスケジュールを調整しましょう」
「一日か・・・」
「・・・・社長、女性に人気のホテルの宿泊プランをあかね様に楽しんで頂いてはいかがでしょう?」
「宿泊プラン?」
聞き慣れない言葉に、友雅が鸚鵡返しに問う。
如月はひとつ頷いて自分のデスクに歩み寄り、引き出しから一通の封書を取り出した。
「こちらがパンフレットになりますわ」
如月が広げたのは、有名な高級ホテルのパンフレットだった。
高級の名にふさわしく、ホテル内部の写真は重厚な雰囲気に満ちている。
綺麗に手入れされた如月の指先が、パンフレットの一部を指差した。
「このホテルは各部屋にFAXとPCと電話の3回線が整備されています。連絡もスムーズにいくと思います。そして泊まるのはこのプランがお勧めです。女性のツボをついたプランですから」
「・・・・普通に宿泊するのと、どう違うのかな?」
プランの説明にある、フィットネスセンターでのマッサージやルームサービスのディナーなど、別に頼めばいいことで。わざわざプランで宿泊する必要性を感じない。
その意見を聞いた如月が、女心ですよ、と笑った。
「もちろんお支払いは社長ですから、普通にお泊り頂いても構いません。でもお部屋にホテルからのプレゼントがあるのとないのでは違いますよ?」
「・・・・そんなに大事なことかい?」
「ええ、違いますよ。ここは私もストレス解消に宿泊プランを利用することがあるので、あかね様にもご満足頂けると思いますわ」
自信たっぷりに説明する秘書をみて、友雅が軽く頷いた。
「そこまで勧めてくれるのなら、これを贈り物にしよう。土日の都合がつく日で手配をお願い出来るかな?」
「わかりました。・・・・・ところであかね様の仕事の都合はよろしいのですか?」
秘書の疑問に、一瞬驚いた友雅がその貌に微苦笑をうかべ、その事実を秘書に告げたのだった。
「あかねは高校生だよ・・・・」
衝撃に如月の視界がクラリと揺れる。
またもや友雅のデスクに手を突いた彼女は、声をやっと搾り出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・社長」
「うん?」
「くれぐれも!警察に通報されるような真似はしないで下さいね!!」
<続>
02.09.09
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ホテル体験談を書かせて頂きます。
忘れないうちに続きを書かなければね(笑)