美女達は今到着したのだろう、ベルボーイが彼女達の荷物をラウンジの隅に配された椅子に置いていた。
「ご無沙汰してますわ。珍しいところでお会いしましたわね、橘社長」
美女の片割れが友雅に話しかけると、彼は小さく吐息をついて立ち上がり愛想笑いを浮かべた。
「本当に珍しい……。父君はお元気ですか?最近はなかなかお会いする機会がなくてね…」
「はい、おかげ様で……。先日のゴルフは橘社長のスケジュールが合わなかったとかで、父がとてもガッカリしていました」
「申し訳ありません。どうしても外せない予定が入っていまして。次回は是非ご一緒したいと思っております」
目の前で繰り広げられる、友雅の社交辞令も甚だしい会話にあかねはこっそりと溜息を吐いた。
友雅は愛想良く笑っているけれど、不機嫌のオーラが立ち上っている。
(お休みなのに、仕事関係の人と会うのはやっぱリ嫌なんだ……)
実際は仕事関係が嫌というわけではなく、あかねとの時間を邪魔をされるのが不愉快なだけなのだが、鈍いあかねはそれに気付かない。
美女はまるであかねなど眼中にないように、友雅だけに話しかけている。
振り返った手前、そのまま背中を向けるわけにもいかず、あかねは心持ち俯いて頭上で交わされる言葉を聞いていた。
そうしながら、あかねは友雅が仕事の話をしているところや他の女性と話しているところを、あまりみかけないことに気付いた。
タイトスカートにサマーニットのアンサンブル、ミュールから覗く爪先には、ラインストーンをあしらった綺麗なペディキュアが施されている。
あかねとは違う、大人のお嬢様という風情だ。
もう一人一緒に居た女性は、友雅とは顔見知りではないのだろう。
会話中の友雅にでは無くあかねに会釈をして、さっさと窓際の席に座りチェックインの手続きをしている。
しばらく二人の間で当たり障りのない会話が続いた後、まるで今気付いたかのように友雅と話していた美女があかねに視線を向けた。
「あら、橘社長、ずいぶんお可愛らしい方がご一緒なのですね?ご紹介して頂いてもよろしいのかしら?」
「これは失礼。……彼女は私の婚約者で元宮あかねといいます」
美女の求めに応じて、サラリととんでもないことを口にした友雅は、機嫌よさ気に微笑んでいる。
あかねは驚いて立ち上がり友雅を見上げたが、さすがに他人の手前で友雅に恥をかかせることはできない。
あかねと同じく驚愕に目を見開いた美女に向かって深々と頭を下げた。
「元宮です。どうぞよろしくお願いいたします」
「守といいます。よろしく。でも驚きました、橘社長にこんな可愛らしいご婚約者がいらっしゃるなんて…。パーティー等でお目にかかったことございませんから」
「まだ彼女は学生ですから、遠慮させていただいているのですよ。私としては、早く一緒に連れて歩きたいのですが…」
「まあっ!」
友雅の堂々としたのろけに、女性は大袈裟な声を上げ、あかねは恥ずかしくて俯いてしまった。
あかねの初々しい様子に、女性がくすりと笑う。
「こんなに可愛らしいと隠しておきたくなる橘社長の気持ちも分かりますけれど、お早くお披露目された方がよろしいかと思いますわ。どうしてか、などと野暮な事はお聞きにならないでくださいね」
「ご忠告、心に留めておきますよ」
「それでは、また。失礼します」
女性は友雅とあかねに対して会釈をし、連れの女性が座る席へを足を向けた。
それを見送って再び座りながら、あかねは軽く友雅を睨みつけた。
「……どうしたの?」
「嘘の紹介しないで下さい」
「嘘の紹介?」
あかねの言わんとしているのを分かっていながら、友雅はとぼけて見せる。
あかねは眉を寄せ、小声で友雅に詰め寄った。
「婚約者っていうのです!」
「ああ、あれ?」
「あれ?じゃないですよ!どうするんです、噂になったら!」
「かまわないよ」
飄々と構える友雅は、なんでもない事のように笑った。
だが、あかねはそうはいかない。
「私はかまいます!」
あかねが迷わずそう言った瞬間、友雅は少し悲しげに息を吐いた。
「嫌なの?」
「えっ?」
「私と結婚するのは嫌?」
「そんな事言ってません!!」
思わず、本当に思わずあかねは友雅を大きな声で怒鳴りつけていた。
はっとして口を押さえたがもう遅い。
恐る恐る周りを見回すと、先ほどの美女達が驚いた目をこちらに向けていた。
さすがにスタッフは平常心で仕事をこなしていたが……。
真っ赤になって俯いたあかねの耳に、クスクスと小さな笑い声が届いた。
「………何がおかしいんですか?」
「いや?あかねらしい反応だなと思ってね」
「………私をからかってるんですか?」
「からかう?とんでもない。私はいつでも本気だよ」
「……『婚約者』も?」
「もちろん。私は何度も君に求婚しているはずだけど?……まさか冗談とは思ってないよね?」
「思ってないですけど……」
「じゃあ、どうして嫌がるの?まさか、私の求めを断るつもりじゃないだろうね?」
「そんなつもりは……」
「では、どうして?」
どんどんあかねを追い詰めていく友雅。
あかねは自分の想いや考えを上手く言葉に出来なくて、何度か口を開きかけたあと、拗ねたように友雅を上目遣いで睨みつけた。
「……意地悪!」
「その言葉はそっくり君に返すよ。ずっと焦らされて意地悪されているのは私だからね」
「む〜……」
友雅の切り返しに、あかねは唇を尖らせた。
「失礼いたします」
少しだけ雲行きの怪しい雰囲気になってきた二人を救ったのは、着物姿の女性スタッフだった。
彼女は座っているあかねに視線を合わせるため、敷き詰められた絨毯の上に膝を着くと白い封筒を差し出した。
「元宮さまにメッセージが届いております」
「あ、はい」
あかねは訝しげに首をひねりながらそれを受け取る。
今日、ここに来る事は誰も知らないはずだった。
第一、あかね自身さえ到着するまで知らなかったのだから。
知っているのは友雅とその秘書くらいだろうか?
あかねは封筒に入っていたメッセージカードを取り出し、それを広げた。
「……如月さん?」
「如月くんからかい?」
あかねが呟いた名に反応したのは友雅だった。
見つめていたカードからあかねの視線が上がり、瞳だけで「誰ですか?」と友雅に問いかける。
友雅は軽く肩をすくめた。
「会社で見た秘書のうち、女性の方だよ。ここを勧めてくれたのが彼女だった」
あかねの脳裏に美しいキャリアウーマンの姿が思い出された。
「友雅さんの秘書さんからどうして私に?」
「さあ?とにかく読んでご覧」
「はい……」
あかねは、また一つ首を傾げて視線を落とした。
そこに書かれていたメッセージを、視線で追っていたあかねの口元に恥ずかしげな笑顔が浮かんだ。
「あかね?」
あかねの表情の変化に、友雅が声を掛けた。
あかねは慌てて隠すようにカードをたたみ、戸惑いながらポツリと言った。
「エステ?」
「ん?」
「如月さんが、私にエステの予約を入れてくれているみたいです」
「おやおや」
「ここは、エステも出来るんですね?」
「そのようだね。ここは如月くんも利用すると言っていたから、サービスもよく知っているようだ」
あかねの想像以上の高級ホテルでのエステ。
すでに予想もつかない。
けれど、やはり女の子。エステという響きに心惹かれてしまう。
あかねは友雅を窺うように、少しだけ上目遣いで可愛らしく見つめた。
「行ってもいいですか?夕方からなんですが…」
あかねの視線でのおねだりに、友雅が優しく微笑んだ。
「どうぞ。ゆっくり楽しんできなさい」
「ありがとうございます!楽しみ!!」
すこし傾いていた機嫌はエステですっかり元に戻ったようだった。
中断された微妙な話を蒸し返すこともないと、あかねは目の前のケーキに手を伸ばした。
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04.04.10