『チェックイン・・・・だよね?』
 あかねは落ち着いた雰囲気のラウンジで、運ばれてきたアイスティーのストローを銜えながら首を傾げた。
 正面では、着物を着た女性スタッフが膝をついて、友雅に宿泊カードの説明をしている。
 誕生日のプレゼント「二人で過ごす時間」をねだったあかねに、友雅は「二人でゆっくり出来るように、ホテルに泊まりに行くからおしゃれをしておいで」と言った。
 確かにホテルだ。
 友雅が連れていってくれるのだから、当然高級ホテルだと思った。
 思っていたが、甘かった・・・・。
 チェックインさえまだなのに、ここはすでにあかねの想像を超えた超高級ホテル。
『しかも、紅茶も下手な店よりおいしい・・・・』
 何だかとても場違いな気がして、あかねはこっそりと溜息を落とした。





 
 あかねはハイヤーがホテルに着いたところから、驚きっぱなしだ。
 車のドアを開けてくれた笑顔の素敵なドアマン。
 木の温もりを感じさせる意外と小さな正面玄関。
 案内のベルボーイに招かれるまま一歩ホテルに足を踏み入れたら、そこは19世紀のヨーロッパ。
 洒落たアンティーク家具。
 大きな暖炉、柱時計、お城にあるような猫足のソファ
 見事な花器に活けられた、1メートルはあろうかという花々の競演。
 柔らかなじゅうたん、顔が映るほど磨かれた大理石の床。
 オーク材を使ったフロントでチェックインと思いきや、友雅の名前を聞いたスタッフが、鍵をベルボーイに渡した。
「クラブフロアへご案内いたします」
 ・・・・・クラブフロア?
 聞きなれない言葉に、あかねの頭上に「?」が飛び交う。
 そして何より、あかねたちに2人のベルボーイがついてくれたのにびっくりした。
 一人は案内、もう一人は荷物を運ぶため。
 友雅も、あかねの肩を抱いたまま何も言わずスタッフに導かれるまま歩を進める。
 しかし時折、あかねの様子を見て、大きな眼をクルクルを回しながら驚くあかねの姿を楽しんでいた。
 34階まで上がるエレベーターの中で、これから向かう階にはクラブフロア内のルームキーがないと、エレベーターが停止しないことを知った。
 確かに階数のパネル33〜35階の横にだけ、キーの差込口がある。
 そこにキーを差込み回すと、希望の階のランプがつく仕組みになっているらしかった。






 音も無くエレベーターのドアが開き、夢見心地のまま左手にあるラウンジへと案内された。
 オフホワイトの木の壁、それを飾る大きな絵画。敷き詰められた柔らかな絨毯。
 3人は楽に座れそうなソファや、一人掛けソファのような椅子のテーブル席も、隣の会話が聞こえないほどゆったりとスペースがとられている。
 ゆとりのある空間が、何より贅沢なのを知っているインテリアだった。
「ようこそお越しくださいました」
 あかねと友雅を、にこやかに迎えてくれたのは着物を纏った女性。
 ホテルのスタッフが着物を着ているのは予想外で、またもやあかねは驚いてしまった。
「こちらの方でチェックインをお願いいたします。お疲れではございませんか?よろしければ何かお飲み物をご用意いたしますが、ご希望のものはございますか?」
「そうだねぇ・・・。あかね何が飲みたい?」
 友雅の蕩けるような甘い眼差しで、不意に見つめられ、思わずあかねの息が詰まってしまった。
「あ、えっと・・・、アイスティーを・・・・」
「では、アイスティーとコーヒーをお願いするよ」
「かしこまりました。ただ今ラウンジはアフタヌーンティーの時間ですので、よろしければお好きなものをお取り下さいませ」
 彼女が示した壁際のテーブルやキャビネットの上には、色とりどりのデザートやサンドウィッチが絶妙なバランスで配されていた。
 少しお腹のすいていたあかねは、おいしそうなそれに気を惹かれたが、まずは友雅と共にテーブルについた。
 すぐに飲み物が運ばれてきて、スタッフは何も言わずに、友雅の前にコーヒーとあかねの前にアイスティーを置いてくれた。
 そしてそのまま友雅に宿泊カードの説明を始めたのだが・・・・。
 あかねはここでもスタッフの気配りを感じて驚く。
 普通喫茶店ならば、きっとどちらがコーヒーなのか確認してテーブルに置くだろう。
 しかしここでは、二人の会話から誰が何を頼んだのかきちんと覚えていて、必要以上にゲストを煩わせないように気を使ってくれている。
 さりげない心遣いが、なんとも心地が良かった。
 あかねは友雅が手続きを終えたのを見計らって席を立った。
「友雅さん、一緒に取りに行きましょう?」





「わ〜ん、どれもおいしそうで迷っちゃいます〜」
 ウロウロ、デザートが置かれたキャビネットの前を何度も行ったりきたりしながら、あかねは嬉しい悲鳴をあげた。
 デザートを取る為に持っているお皿は、ジノリのイタリアンフルーツ。
 このホテルの食器はイタリアンフルーツで統一されていた。
 友雅は、あかねがまず選んだサンドウィッチとスコーンを載せた皿を片手に、まだ迷っているあかねの肩を抱いてその耳元に囁いた。
「好きなものから取りなさい。食べたければまた取りに来ればいい・・・」
「えっ・・・、でも・・・・・」
「このラウンジのものは、クラブフロアのゲストへのサービスなのだよ。だったら、沢山食べた方が得だろう?」
「うそ!これってサービス・・・・」
 あかねが改めて驚きの声を上げる。
 すべてがサービスということは、並べられているペリエやワインやシャンパンまでも自由に楽しめるのだ。
 あかねは感嘆の溜息をつき、迷っていたデザートのうち、3つを選んで皿にのせた。
「全部のメニューを制覇するのは無理そうですね」
 スコーンに生クリームをのせながら、あかねが至極残念そうに呟く。
 ひとつずつ食べても、フルーツまで食べられそうに無い。
 友雅は可愛らしい感想をもらすあかねを、微笑みながら見つめていた。
 





「あら?橘社長ではありませんか?」
 不意に掛けられた、若い女性の声。
 苦々しく微かに寄せられた友雅の眉。友雅の視線は、あかねの後に向けられる。
 友雅の様子にあかねが不思議そうに小首を傾げて振り向く。
 そこには巻き髪の美女が二人、友雅に微笑みかけていた。







                                 <続>
                                 03.05.29











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