「面倒は嫌いだっだのだがね……」
独りごちて苦く笑う。
そう、面倒は嫌いで煩わしければいつもすべてを捨ててしまっていた。
来るものは拒まず、去るものは追わず。
女に甘いと言われる友雅は、当の女性からは誰よりも冷たいと言われた。
それがどうしたことか。
たった一人の幼さを残した少女に対しては、自分でも信じられないほど執着している。
いつもだったら、スキャンダルを消すなど無駄な努力はしない。
スキャンダルが出ても友雅には関係ないのだから……。
しかしあかねが巻き込まれるのだけは許せなかった。
あかねに迷惑がかかるとか学生だからとか、あかね自身や慎に尤もらしい理由をつけたのは表向き。
本心はただあかねを誰の目にも晒したくないだけだった。
できるなら自分ひとりのものにしてしまいたかった。
真綿で包むようにあかねが望む優しさで閉じ込めて、逃げられないようにしたい。
早くあのかけがえの無い優しい温もりをこの腕に抱きしめたい。
その為には……。
コンコン。
軽いノックの音で、友雅はうっそりと閉じていた目蓋を上げた。
「はい…」
チラリと時計に目をやり時間を確認するが、次のシーンの撮影の為にスタッフが友雅を呼びに来るにはまだ少し早いようだ。
友雅は招かれざる訪問者を思い浮かべ、大儀そうに息を吐いた。
カチャリと開かれたドアの隙間から、微笑を浮かべて顔を覗かせる女性……。
友雅の予想通りの人物は、スルリと部屋へ入ってきた。
「ちょっといいですか?」
「……まだ早いようだが?」
何、とは言わない。
だがナオには十分だ。
ナオは友雅の拒絶を感じ取り鼻白んだが、それでも部屋を出て行かずに友雅に話しかけた。
「仕事じゃないんです。今度またお食事にでも行かないかな〜ってお誘いです」
「食事?」
「はい。この前は話題作りの為でゆっくりお話できなかったでしょ?凄く残念だったから、今度はもっとゆっくりしたいと思って」
「マネージャーが許さないだろう?」
「四六時中監視されているわけじゃないから大丈夫。どう?友雅さん?」
上目遣いに友雅を窺って、男を惑わす小悪魔的な笑顔を浮かべる。
ナオの誘惑に、友雅は軽く肩をすくめてみせた。
「君のような子に誘われるのはやぶさかではないけれど……」
「じゃあ!」
「丁重にお断りするよ」
いつもの美しい笑みを湛えながら、友雅ははっきりと断りを口にした。
まさがそこまであっさりと断られると思っていなかったナオが顔を顰める。
「どうしてですか!?」
「どうして?おかしな事を聞くね。このキャンペーンの前振りの為に流す噂の匙加減は、私に一任されているはずだよ?」
「だから仕事とは関係なく、っていってるじゃないですか。もっと気軽にいきましょうよ」
ナオの誘いに友雅が溜息を吐く。ナオが何が行動を起こすと予想していたが煩わしいことこの上ない。
友雅はこれ以上つまらないことにいつまでも煩わされるのはまっぴらだった。
キャンペーン発表も近づき、この噂の終わりも見えてきた。
あと少し茶番を続けようと思っていたが、このままではますますうっとおしくなるのは必定。
予定より早いが、もう終わらせてもいい頃だろう。
「残念だけど、マスコミにこれ以上遊ばれたくはないのだよ。もうすぐキャンペーンの発表もある。今のままで効果は十分だと思うからね」
「マスコミが怖いの?友雅さんらしくないですね」
「らしくない?」
友雅のすべてを知ったようなナオの言いように、友雅の眉が上がる。
「そうですよ!だっていつもマスコミがどんなに騒いだって何処吹く風だったじゃないですか!?それに私の立場は『可愛い後輩』でしょ?一緒に食事したっておかしくないと思うけど?」
「私の気が向いたことをしていたら噂になっただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……じゃあ気が向かないって事?」
「そうなるかな?」
気だるげな友雅の態度に、ナオはムッとして口を尖らせた。
「ふ〜ん、やっぱりあの話は本当なんだ……」
「あの話?」
ふと声のトーンを落とし友雅が聞き返すと、ナオは口の端に勝ち誇った笑みを浮かべた。
「目立つ仕事を避ける友雅さんが、この仕事を受けた理由。空港の写真からマスコミと世間の目を逸らす為だけって話」
「……ずいぶん愉快な想像だね?誰がそんな事を言ったのかい?」
「さぁ?でもいつの間にかあの写真の女は私ってことになってるし、マネージャーは否定するなって言うし……、あなたは何も言わないし。誰だっておかしいと思うわ」
「ただの私の気まぐれだけかもしれないよ?」
「じゃあ、あれは私じゃありませ〜んって否定していいわけだ?あの時はまだ出会ってませんでしたって」
「かまわないよ」
「ふ〜ん、あれだけ余計な事はするなって言っていたのに?そんなに私と過ごすのがいや?」
「嫌というより、どうでもいいのだよ」
「なっ!?」
「どうでもいいから面倒ではない方を選ぶだけだよ。それに君が言うあの写真に対しての噂が出れば、それを掻き消せるだけの新しい餌を撒けばいいだけ。そうだね、シルビアでも来日させれば一発かな」
シルビア。友雅があっさりと口にしたその名にナオは息を飲んだ。
シルビアは世界で最も輝くスーパーモデル。日本でも人気が高い。
コレクションでは必ずといっていいほどマリエを着て、1ステージで桁違いのギャラを稼ぐヴィーナス。
流れるプラチナブロンドの髪。冬の空の蒼い瞳。女豹を思わせるしなやかなプロポーションと身のこなし。
モデルなら誰もが焦がれてやまないものをすべて兼ね備える女性、それがシルビア。
そして、過去友雅と艶やかな噂が流れた女性でもある。
「目立つ事が大好きなシルビアに話せば、喜んで来日するだろう。その時は君と私の些細な噂も忘却の彼方に追いやられてしまうだろうがね」
「……」
「私を利用するならばもっと利口になりなさい。それに写真の事を蒸し返しすべてを話せば契約違反でもある。そのリスクを君は負えるのかい?人を利用して名を売っても落ちるのは早いよ?」
「……私が消えるとでもいいたいの?」
「さあ?ただ今は仕事が増えてもそれが続くとは限らない。実力が伴わなければ見限られるからね」
「私は違うわ!」
暗に友雅との噂のおかげで仕事が回ってきたと言われたナオは、屈辱に顔を染めながら怒鳴った。
「そう……。ああ、ひとつ言い忘れていた。実力があっても『誰か』に潰される事があるのも知っておいた方がいい」
にっこり、微笑むその瞳には底知れない冷たさがあった。
ナオは何も言えずに口をつぐんでしまった。
友雅はチラリと時計を見上げ、すっと椅子から立ち上がる。
いきなり動いた友雅に、ナオの体がビクリをすくむ。
いつもと表情も何も変わらない友雅。
しかしこの威圧感はなんだろう……。
肌がピリピリするような感じ。
ナオは我知らず、扉へと一歩後退していた。
「さぁ、最後の撮影が始まるよ。いい演技を期待してる。……二度と一緒に仕事は出来ないだろうからね」
友雅が差し出した手を、ナオは手に取る事が出来なかった。
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