『どうして私、笑ってるんだろう?』
あかねは、ふと冷めた頭の片隅でそう思った。
みんなでいるのは確かに楽しい。
学校の話や友達の話、仲間内でしか分からないことを話すのも嫌いじゃない。
でも何か物足りなくて、どこか味気ない。
『友雅さん、何してるんだろうな・・・・。折角のオフなのに・・・』
本当なら今日の午後は友雅と会えるはずだった。
このコンパの約束さえしていなければ・・・
いつも過密スケジュールで動いている友雅に、久々にできた半日のオフ。
でもその連絡が来た時には、すでに友達と約束をしてしまっていた。
友雅は笑って「仕方ないね」と言ってくれたけれど、あかねは今も後悔でいっぱいだった。
一番悔やまれるのは、嘘をついてしまったこと。
コンパとは言えなくて、つい友達と買い物に行くと言ってしまったのだ。
冷静に考えれば、人数合わせのコンパと正直に伝えても友雅は怒ったりしなかっただろうと思う。
でもあの時は言えなくて・・・・・、ずっと後悔したまま・・・・・・。
「あかねちゃん?」
「えっ!・・・あ・・・・」
顔の前で軽く手を振られ、はっとあかね意識が引き戻された。
「どうした?ぼーっとして」
隣を歩いていた男の子がさわやかに笑う。
きりりとした顔立ちの背の高い男の子だった。
格好いいと思う。
話も合うし、さりげなく見せる気遣いが優しいと感じる。
でも・・・・・。
あかねにとって友雅以上の男性はいないのだ。
初めて逢ったあの日に心を奪われてしまった。
眠りに落ちようとしたあかねを一瞬にして目覚めさせた、あの美声。
あかねの鼓動を一気に跳ね上げた、スパイシーなコロンの香り。
そして瞳を開けた時には、友雅の玲瓏たる美貌しか視界に入らなかった。
唇が触れそうな距離で、あかねと友雅は初めての視線を合わせたのだ。
あの瞬間、あかねは友雅に心を奪われたのだった。
「ねえ、なんだか騒がしくない?」
前を歩いていた友達が、首を傾げながら振り返った。
言われてみれば、確かに後方で声が上がっている。
女性の、しかも黄色いと言っていい声・・・・。
「何?」
周りの人も気付いたのだろう、訝しげに後ろを振り返っている。
だが人ごみの中、あまり背の高くないあかねは遠くまで見えない。
「えっ?」
隣の男の子が上げた驚愕の声。
「何?何?」
興味津々で背伸びをして・・・・・。
見つけてしまった、周囲の人々の視線を一身に集める長身の男を。
ゆるやかに波打つ黒髪。
うっすらと唇に浮かぶ冷笑。
顔を濃いサングラスに覆われていても、その美貌は損なわれることはない。
その場にいるだけで周囲の空気を換えてしまうそのオーラは、誰にも持ち得ないものだ。
「友雅?本物?」
あかねの側の友達のつぶやきもどこかうわずっている。
すべての人々の視線を集め、それらすべてを無視しても許される存在、友雅。
彼はズボンの隠しに親指を軽くかけ、まっすぐに歩いてくる。
まるでランウェイを歩くがごとく鮮やかな姿。
彼が足を踏み出せば、気圧されたように人々が道をあけた。
「うっそー!何で何で!?」
あかねの女友達が一気に色めき立つ。
ただ一人あかねを除いて・・・・。
あかねはただ呆然と立ちつくすしかなかった。
サングラスの下の眼差しが射るようにあかねを見ている。
濃いサングラスは彼の視線を隠しているはずなのに。
ちりちりとした怒りを感じる。
怖くて逃げ出したいのに足が動かない。
あかねの前に立った友雅は何も言わず、手を伸ばしその指先で愛しむようにあかねの頬を撫で下ろした。
触れる指先の冷たさ。
底知れぬ恐ろしさに思わずあかねは、足を引いてしまった。
瞬間、友雅があかねの二の腕を掴んだ。
「痛っ!」
ギリッと柔らかな皮膚にくいこむ容赦ない力。
「あかね!」
驚きに声を上げる友達。
「痛い、友雅さん痛いよ!!」
あかねの悲鳴さえ、今の友雅には届かない。
友雅はあかねを引きずるようにして、連れ去ってしまったのだった。
<続>
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