泣いて、泣いて、泣き疲れて・・・・・。
 あかねは、暗い部屋で灯りもつけずに呆然と座っていた。
 体を動かせばわずかに香る友雅のトワレにますます切なくなる。
 友雅が出て行ってどのくらい時間が経ったのか・・・・・。

 突然、低い振動音が部屋の静寂を崩した。
 驚きにビクッと体を揺らしたあかねは、慌ててバックの中身を床に撒き散らす。
 ブブブ・・・と床の上を振動で動く携帯をとり、すがるように耳に当てればいきなりの怒鳴り声があかねを襲った。
『あかね!こんな時間までどこにいるんだ!!』
「・・・・お兄ちゃん・・・」
『今日は早く帰る約束だっただろうが!一体お前は何を考えて・・・・・・、あかね?・・・泣いてるのか?』
 大好きな兄、慎の声に止まっていた涙が再び溢れ出す。
 小さくしゃくりあげるあかねに気付いた彼は戸惑いつつ声を掛けてきた。
『あかね・・・、どうしたんだ?大丈夫か?』
「・・・・どうしよう・・・お兄ちゃん・・・・。大丈夫じゃないよぉ!」
『お、おいっ!』
 再び声を上げて泣き出したあかねに、電話の向こうの慎にはどうすることも出来ず、おろおろとするばかり。
 慰めの声も届いていないのか、あかねは「どうしよう、どうしよう」と繰り返すばかりだ。
 埒が明かないと判断した慎は、しばらくあかねを泣かせ、落ち着いた頃を見計らって問いかけた。
『あかね・・・・。迎えに行くから、どこにいるか教えてくれるか?』
 優しい優しい兄の声。
 あかねは、すんっと鼻をすすり上げ小さく答えた。
「・・・友雅さんの部屋」
『はぁ?先輩の部屋だと!?お前、また酷いことされたのか?訴えるなら、ちゃんと証拠掴めよ!』
 兄の相変わらずの言いように、ほんの少し気持ちが浮上する。
「違うよ・・・・私が悪いの・・・・・」
 そうして、あかねは慎に事のあらましを話した。


 あかねの13才年の離れた兄は友雅の大学の後輩だった。
 カメラマンである兄の仕事の関係で友雅と知り合い、付き合うようになった。
 しかし友雅の女癖の悪さを知っている慎は、あまりいい顔をしなかった。
 それでもかわいい妹の恋路を邪魔することはない。
 あかねと付き合いだして、友雅の女性関係がきちんと整理されたことも黙認している一因だったが・・・・。


『ふ〜ん・・・・そうか・・・』
 時折、相槌を入れながらも黙って聞き終わった慎は、半ば感心したようにうなずいた。
『やっぱ、すごいわ、お前・・・』
「何がすごいのよ!どうしたらいいの、お兄ちゃん。友雅さんに嫌われちゃったよぉ」
『あー、泣くな!先輩はお前を手離すことなんて出来るわけないんだからな』
「でも!」
『いいか、あかね。あの人が激怒するなんて大学時代から付き合ってる俺でさえ知らないんだぞ。』
「だったら、なおさら絶望的じゃない・・・・・」
『だから泣くなって。いいか?俺が知っている限り、先輩に嫉妬を見せた女は優しく捨てられてたぞ?』
「はっ?」
 優しく捨てる?
 あかねの頭に?マークが飛びかう。
『でもお前は部屋に取り残されたわけだ・・・・』
「・・・・・」
『だいたい自分のテリトリーから女を追い出しても、自分が出て行くような人じゃないよ、あの人は。しかし15も年下の恋人に嫉妬する先輩か・・・・。おもしれ〜、言いふらしてやろうかな?』
「お兄ちゃん!!」
 あかねの咎める声に、慎が笑う。
『冗談だよ。俺も命は惜しいからね』
「私・・・・・嫌われてないの?」
 恐る恐る聞いてみる。
 あかねよりずっと長く友雅と付き合っている慎だ。
 大丈夫と言ってもらえれば勇気が出そうだった。
 それを分かっているのか、慎は殊更明るい声で「ああ」と肯定した。
『言ったろう?捨てるときはあっさりだよ、あの人は。お前に愛想を尽かしたのなら、部屋に残したりしないさ。部屋の鍵をお前から取り戻して、嫌味なくらい綺麗にお前を捨てるよ。お前が好きだから嫉妬して感情を爆発させたんだ。・・・本当に初めてだよ。わが妹ながらすごいな、あかねは・・・』
 慎の言葉が胸に沁みる。
 目を閉じて聞いていたあかねは、うん、とひとつ頷いた。
 勇気を出してみよう・・・・

「お兄ちゃん・・・・、お願いがあるの」
 

 数十分後、あかねは迎えに来た慎の車に乗りこんだ。





                                        <続>
                                       02/07/29




嘘、うそ、真実 〜4〜
あぁ・・・・まだ続く・・・・
オリキャラ出てきました。
あかねちゃんの兄 「元宮慎」です。
このお話が終わったらあかねちゃんと友雅さんの出会い編を書く
つもりです。




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