友雅はあかねの目蓋に、頬に、額に、啄ばむような優しいキスを幾つも落とした。
「嫌?……私に抱かれるのは死ぬほど嫌かい?」
 柔らかな声音で紡がれる囁き。
 あかねは一瞬の戸惑いの後、ほんの僅かに首を振った。





 嫌なはずがない。振り向いて欲しくて愛して欲しくて……、でもそれは決して望んではいけないことと思ってた。
 絶対に叶わない想いに、切ない夜を幾度も過ごした。
 けれど、あかねにとってどんなに愛しい男でも、力で捩じ伏せて無理矢理犯されるように抱かれたくないだけ。
 死ぬほど嫌なのは、愛しい友雅自身を傷つけること。
 あかねは、溢れる嗚咽と涙を隠す為、両手でその顔を覆った。
 もうこの恋心を隠せはしない……。



「……乱暴なのが嫌。……私は優しいお兄ちゃんが好きなの!」
「あかね……」
「好き……。ずっと好きだった。あなたは義兄で、捨てられたと分かっていても、この気持ちを止められなかった!」
 あかね手の隙間からこめかみに、一筋輝く雫が流れる。
「身の程知らずなこの想いを忘れてしまいたかったのに!」
 そう言って、あかねは肩を震わせ声を殺し泣き出した。
 友雅はあかねの涙ながら告白を聞き、口元に微笑を刷いた。





 好き…。





 少女のその言葉は、果たして友雅と一緒の想いだろうか……。
 少女にとって、男は一番近い異性で初恋の相手だから、幼い憧れをそのまま恋だと錯覚しているだけかもしれない。
 だが、それでもよかった。
 錯覚しているのなら、それを利用するだけ。
 愛する少女をこの手に入れる好機を逃したりしない。
 





 友雅は顔を覆うあかねの手をゆっくりと、しかし有無を言わせぬ力で開かせる。
 泣き濡れるあかねの、ふっくらと柔らかそうな唇に、友雅はそっと己のそれを重ねた。
「……っ」
 微かな吐息が漏れ、あかねの薄い目蓋が震える。
 そしてその白い肌が、淡い桜色に染まった。
 友雅はあかねの胸元から首筋を、ゆったりと撫で上げる。
 あかねの白くきめ細かな肌はしっとり手になじみ、友雅に得も言われぬ心地よさ与えてくれる。
 泣き声を漏らして薄く開かれた唇に、そっと舌を差し入れ、恐れて逃げるそれを絡めとる。
 友雅は今までキスを、女を落とす為の手段としか考えていなかったが、あかねと交わすキスはなんと甘いのだろう。
 キスひとつ。たったそれだけで、気分が高揚する。
 友雅は我知らず、あかねをむさぼるようにかき乱す。




「ん……、ふぅっ……」
 飲み下せない蜜が合わせた唇から溢れ、あかねの頬を濡らしていく。
 慣れぬキスに戸惑い、あかねが喘ぐように友雅から顔を逸らそうとした。
 それに気付いた友雅が、口の端に笑みを浮かべ、より深く激しくあかねの唇を味わう。
 上がる鼓動と呼吸に追いつかず、苦しくなったあかねは、キスで震える腕を伸ばし友雅の後ろ髪を引っ張った。
 頭皮に感じる引き攣れる痛みにさえ、笑いが込み上げるのは何故だろう……。
 友雅はクスクスと軽い笑いをもらしながら、合わせていた唇を名残惜しげに離した。
 二人の唇を繋ぐ銀の糸を、ペロリと舌先で舐めとる。
 やっと自由に酸素を吸えるようになったあかねは、文句より何より激しく呼吸を繰り返す。
 そんなあかねの体を、友雅は優しく強く胸に抱きこんだ。
「あかね…」
「ど……して……」
 あかねはキスの熱で目元を赤く染め、瞳を潤ませて、切なげに友雅を見上げ呆然と呟く。
 友雅はあかねの流した涙を指先で拭い、その耳元に唇を寄せた。





「愛しているよ……」





 それは少女を呪縛する言霊……。
 己の声の魅力を十分過ぎるほど熟知している男は、その言葉を甘く掠れたそれにのせてあかねの耳に流し込む。
 愛してる、なんて陳腐な言葉では言い表せない、深く強いこの想い。
 少女は男の思惑通り、その言葉に絡め取られる。





「う…そ…」
「嘘や冗談で言える事ではないよ。……まして、義妹であるあかねにね」
 友雅は衝撃で大きく見開かれた瞳の側に、涙で濡れた滑らかな頬に、啄ばむようにキスを繰り返す。
「お兄……ちゃん…」
「ねぇ、あかね……。私が好き?」
 その問いに、あかねは素直にこっくりと頷き返す。
 友雅の下で突然の出来事に震えている小さな体。
 少女の域を出ない彼女は、このまま優しく包み込むように抱きしめるだけできっと安心するだろう……。


 
 だが……。



 この少女を手に入れられる一瞬のチャンスを逃さない。
 何も知らない無垢な少女に、二度と忘れられない想いを刻もう。





「お兄ちゃん……」
「名前で呼びなさい、あかね。いつまでも兄と言われたくないのだよ…」





 少女は夢にまで見た兄の腕に抱かれながら、静かに瞳を閉じた。
 叶わない、届かない、受け入れられない恋だと思っていた。
 それなのに……。





 男の言葉を信じられない思いで聞き、驚愕と歓喜に震える心……。
 反面、繰り返されるキスを受け止めながら、驚くほど冷静な意識の片隅で思う……。
 この人を絶対に手放さない、と。 





『愛している』
 その言葉が気まぐれからでも、私はそれに縋る。
 酔っている所為で義妹の私を抱こうとしていても、男がそれを求めるなら従順に応えよう。
 そして男の脳裏に、忘れられない罪の意識を植え込んで……。
 二度と私を捨てないように。
 私の持っているすべてで、愛しい男を束縛する。





 あかねが初めて足を踏み入れた友雅の部屋。
 友雅が自分のベッドで抱く、初めての女。





 月明かりの中、細くしなやかな体と引き締まった逞しい体が熱を分け合う。
 荒い吐息、濃密な空気を震わす高い嬌声。
 ピンッと伸びた白いつま先が、シーツに幾筋もの皺を寄せる。
 身の内を焦がすような初めての感覚に、あかねが恐れ戦き友雅の背に縋りつき爪を立てる。
 友雅の動きひとつひとつに過剰なほど反応し、甘く匂い立つあかねの体。
 




 男は、すべてを奪うのに躊躇いはしなかった。
 少女は、すべてを望んで差し出した。





 それは恋うる人を束縛する儀式。
 





「じゃあ、行くね…」
 玄関まで見送りに出てきた男を振り返り、少女は眩しい笑顔を向けた。
「寮まで送らなくていいのかい?」
「いい。駅に友達が迎えに来てくれるから。我儘をきいてくれてありがとう」
 揃えていた靴につま先を滑り込ませ、小さなボストンバッグを持った。
 男は少女の頬に手を添え、そこに唇を寄せる。
「勉強の為、と言われれば仕方がないよ。でも週末には必ず帰っておいで」
 心地良さそうに目を閉じ、素直にキスを受ける少女。




 
 やっと取り戻した少女。彼女を決して手放したりしない。
 その為に物分りのよい恋人を演じよう。
 この強く暗い独占欲に気付かれないように……。
 優しく甘やかに少女を恋に酔わせて、見えない糸で縛りつける。
 もう二度と逃がさない……。





「うん、絶対帰ってくる。だから出来るだけ一緒に過ごして。お兄ちゃん……」
 どんなに言っても、少女が幼い頃から慣れた呼び名は、なかなか切り替えがきかないらしい。
 男は、微かに苦く笑った。




 その苦笑を目にして、少女が僅かに目を眇めた。




 やっと自分に向けられた兄の心。
 それを決して離したくない。
 兄と呼ぶ度、ほんの少しだけ困惑する男に、少女はわざと男の名を呼ばない。
 何度求められても、男が兄と呼ばれて苦く笑う限り、その名を口にしない。
 少女は無邪気な顔をして、妹という立場を殊更強調する。
 愛しい男が苦笑する度、その意識に消えない罪を少しずつ植えつけるために……。
 男の記憶から消されない為に。
 もう二度と、自分を捨て去れないように……。
 絶対に離れてなんかやらない。 
 少女は無垢な微笑みで、男を絡め取る……。





 男と少女は、お互いの執着を隠して、優しいキスを繰り返す……。









<終>





いかがだってでしょうか?
いつもとは一風変わったお話でしたので、ちょっとドキドキしてました(笑)
UPするのに色々迷ったりした作品ですので、皆様のご感想をいただけると
踊って喜びます。
お付き合いありがとうございました。







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